「新・三銃士」劇場

連続人形活劇「新・三銃士」の設定による、いせざき個人の二次創作小説です。

27.臥龍の祈り、天に届く

 

傷ついたポルトスを連れパリに戻って間もなく、その銃士は、仲間の消息を知ることになる。

男と共に行動しているとばかり思っていた少年は単身国王を守り抜き、ひとまわり逞しくなって生還した。
その少年が語った戦場での悲劇を聞いて、帰り着いた男が目指すであろう場所を確信する。

 

 

昼なお薄暗い聖なる空間で、漆黒の衣に身を包んだ男は、かつての仲間の足音を聞いた。
力強く響く長靴の音は真っ直ぐに自分を目指し近付いて、やや乱暴に椅子を引き、どかりと座り込む。

アラミスは、振り返ることなく全身を緊張させた。
その年長の銃士は、粗野のようでいて案外勘の鋭い奴なのだ。
ゆえに顔を向けてしまったら最後、己の浅ましい姿を即座に見抜かれてしまいそうな気がして。

だが、相手は一向に頓着せず、それどころか挨拶さえも交わす気がないようだ。
ならば、いったい何のためにここへ来たのか?
それさえも明かさずに、時はゆっくりと流れていく。

 

これまでは、いつだって三人一緒だったのだ。
戦場で見かけた少年に声をかけようと仲間のもとを離れた、その時までは。

自分が再び剣を捨て、銃士の制服を脱いで現世と訣別したことは、なじられても当然のこと。
全てに不甲斐ない自分に対して、鉄拳の一発や二発、飛んでくることさえ覚悟していたのだ。

それでも、強引に連れ戻しに来たというのなら、頑なに拒むつもりだった。
なのに、そんな気配は微塵も感じられず、黒衣の男はやがて緊張を解いた。

 

いやそれどころか、沈黙に耐え切れずに振り向いて言葉をかけたのは、その神父のほう。
「どうしたのです、アトス?」

振り返った途端に、その銃士のひどく悲しげな表情が、胸を突いた。
「何か…あったのですね?」

二度促され、その銃士はようやくぽつりぽつりと語り出した。
「戦場でポルトスが怪我をしたのは覚えてるだろう?」
そんな風に切り出されて胸騒ぎがした。
「あいつが…死んだとでもいうのか?」

「いや、だがそれ以来…意識が朦朧としたままで、返事さえしてくれない。」
誰よりも良くしてくれた仲間が回復していないことを知って、男は唇を噛む。
「パリへ連れ帰ってくれば何とかなると思って頑張ってきたのに。一向によくなりゃしねえんだ。」

「・・・・・・。」
「さすがのコクナールさんもぼちぼち限界さ。」
「気の毒だが、私は何も出来やしない。」
アラミスは戸惑ったように視線を彷徨わせた。

「何も期待なんかしちゃいないね。ただこうして愚痴を聞いてくれるだけでいい。」
「私はもう・・・。」

君たちの友だちではない―――そうきっぱりと突き放すつもりだったのに。
その言葉を遮るように、年長の銃士は、やるせない気持ちをぶつけるように低くかすれた声を出した。
「…敬虔な信者の苦しみを救ってくれるのが神父さんじゃないのか?」

アラミスははっとして顔を上げた。
己の苦しみから逃れることばかりに囚われていた自分をやんわりと指摘されて。

「だから…聞いてくれるだけでいいんだよ!」
肩を震わせた男の膝が涙で濡れていることに、その時ようやく気付いた。

後ろめたい恋からも、銃士であることからも逃げた自分は、聖職者としても中途半端なのだと、痛いほど自覚する。
目の前の友が救いを求めて教会の門を叩いたのだとしたら、神父たる己のすべきことはただ一つだけだというのに。

 

「そうですね。ポルトスのために、私もここで毎日祈りを捧げましょう。」
神父は、そう言って厳かに十字を切った。
「…あの男は賑やかなことが大好きだったから、皆を集めてパーティーでも開いてやったらいかがでしょう。」

「パーティーか、そりゃいい。思いっきり賑やかにやろうじゃないか。」
銃士の男は顔を上げ、ようやく笑顔を見せた。
「みんなの気持ちが一つになれば、祈りはきっと神に届きますよ。」

「それなら俺も祈ることにする。そうだ、奴が持ち帰った巻き貝に祈りの言葉を刻んでみよう。」
「ええ、ぜひそうしてください。」

「おかげで元気が出た。…また相談に乗ってくれよ、神父さん。」
そう言い残すと、吹っ切れた表情で男は別れを告げた。
「神のご加護を!」

一人残された神父は、再び熱心に祈り始めた。
―――重なりゆく祈りはやがて、本当の奇跡を呼び起こす。

 

<FIN>

第37話行間話。アラミスの消息を考えてみました。
アラミスを連れ戻そうとしたダルをコンスと一緒に押し留めたアトスは、それ以前に一度はアラミスのところへ行っていると見た。コンスの件で意固地になってるアラミスも、アトスの沈黙には耐えられないし、弱気に出られたらきっと突っぱねることができないに違いない。そのあたりアトスは直感で体当たりだ、きっと。
それから、ポルトス復活にアラミスの奇策(笑)が絡んでるといいなーという希望的観測で、断片的に見えていたエピソードを繋げてみました。アトミレもアラコンもいいが、基本はやはり三銃士スキーですからね。
<2010.5.13>

©Louis ISEZAKI いせざきるい>

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