「新・三銃士」劇場

連続人形活劇「新・三銃士」の設定による、いせざき個人の二次創作小説です。

26.迷える子羊たちのエピローグ

 

「とにかくアラミス様は、もう私たちのもとへは、お戻りにならないみたいです。」
「アラミスのことは忘れろ!俺はアラミスという男を良く知っている。一度決めたらテコでも動かねえ野郎だ。」

「お願い、これ以上あの方を苦しめないであげて!」
「コンスタンスの言うとおりだ。あとは残った俺たちで頑張るしかねえだろう。」

 

教会へ戻ってしまったアラミスを連れ戻そうと逸る少年を、コンスタンスとアトスは口を揃えて思い留まらせようとした。
自分よりよっぽど辛いに違いないその女性に縋るように言われてしまっては、これまでのような勝手な振る舞いにも出られず。
ラ・ロシェルで一回り成長したダルタニアンは、固く拳を握り、項垂れる。

戦争の狂気に侵され突然襲ってきた老婆から自分を守ってくれた銃士―――。
自分を助けるために剣を揮い、老婆の命を奪うことになった年上の男の慟哭は、今も耳を離れない。

その銃士に敵うはずがないことなど、最初から分かっていた。
コンスタンスに夢中になっていた自分を諌めるために、かの女性に近づいたことも。
自分を裏切るつもりなどなかったのに、その女性に慕われて、拒めなくなっていったのだということも。
全て気付いていたけど、己の幼さが際立って認めるのが嫌だった。

<アラミスさんは僕に焼きもちをやいているんでしょう?>
その優しさに甘えて、何度でも悪態を突いた。
何も言い返さないのをいいことに、決闘騒ぎまで起こして。
優し過ぎる銃士にとっては、剣を持つことすら重荷だったというのに。

 

「…みんな変わってしまった。もうあの頃みたいに、みんなで楽しく暮らすことはできないのかなあ?」
王宮の馬屋で夕陽を浴びながら馬の世話をしていたダルタニアンは、王妃の侍女に弱音を吐く。
そして、凛としたその女性の儚げな微笑が気になって、余計なこととは知りながら、尋ねてみた。

「コンスタンス、アラミスさんのことはもういいの?」
「何が?」
「だって、好きだったんでしょ?」
「私には旦那さんがいるもの。もう忘れて!」
自分自身を納得させるように、そう言い切った女性の姿に、少年の胸がちくりと痛んだ。

この国のために三銃士が必要だと思ったけど、それだけじゃない。
コンスタンスのために、そしてアラミス自身のためにも…これでは終われるはずがない!

「…ねえ、コンスタンス。お願いがあるんだけど。」
「まあ、何かしら?」
少年はその女性に何やら耳打ちした。

 

 

礼拝堂の中、一人ぼっちになった男は、疲れきった表情で、祈りの言葉を一心不乱に唱えていた。
戦場で手をかけた老婆と愛する女性が重なり合い、いまだ瞼に焼き付いて、男の精神を苛んでいく。

命ある者を殺めた罪、少年に心を偽った罪、そして他人の妻を愛した罪―――。
それらの重さに押し潰されて、使命も仲間も、愛する人も…何もかも放り出して神の御許へ逃げ込んだ罪!
その罪を自覚しながらも、背中越しに突き刺さったあの女性の無言の視線に、今も己の心を揺さぶられてしまう。

 

「アラミス、大変だ!」
息せき切って礼拝堂に駆け込んできたのは、その少年。
「落ち着きなさい、どうしたのです?国王陛下でもお隠れになったのですか?」
心に鎧を纏いつつも、少年の動揺ぶりに異変を感じ取った男は、ゆっくりと振り向いた。

「コンスタンスが!」
「あの人は私とは関係ありませんよ。」
取り付く島もない男は、少年の言葉をぴしゃりと遮った。

少年はそこで息を整えると、静かに呟いた。
「僕のせいさ…僕に復讐しようとしたミレディーに毒を盛られて。」
神父の薄青の瞳が大きく見開かれた。

「毒を?コンスタンスが?」
全身の血が凍りつくような感覚に、その男は何よりも大切なはずの聖書を取り落とした。

「あなたの名前を呼んでるんだ、アラミス。」
―――その女性の命が今まさに脅かされていると知って、息が止まってしまいそうで。

「それでも、関係ないと言うなら…もういいよ。あなたも、これでコンスタンスから永遠に解放される訳だし。」
ダルタニアンは溜息をつきながら、ゆっくりと踵を返す。

「どこに居るのだ?」
少年の肩を慌てて摑んだ神父は、物凄い迫力で問いかける。
「お、丘の上の修道院に。」
そう言い終わった頃には、とうにアラミスの姿はそこに無かった。

 

修道院の鐘が悲しげに鳴り響く。
顔馴染みの修道女に案内された部屋で、質素な寝台の上にその女性が静かに横たわっていた。
傍らに立ち尽くすのは、二人の銃士とコクナール夫人、そして喪服に身を包んだやんごとなき女性。

「遅かったな、アラミス。」
年長の銃士が口にした言葉は、アラミスを絶望の淵へ追い込んだ。

(間に合わなかったというのか?)
王妃の黒服を目にして取り乱した男は、震える手を伸ばし、力なく横たわる女性を無言で掻き抱く。

その様子を静かに眺めていた周囲の者たちは、そっと目配せし、部屋から出て行った。

 

やがて、永遠に光を失ったはずの薄紅色の美しい双眸がゆるやかに開かれていく。
そのことに、男が気付くのはまだ暫く後のことだった。

 

 

<FIN>

残り三話となりましたが、第37話視聴後のおそらく今しか書けない未来妄想を一発。
怒涛のアトミレ妄想が一段落着いたので、最初で最後のアラコン話に挑戦です。原作エンドを取り込むとこんな感じかなあ、とも思います。ミレディーの持ってる眠り薬とか使ってくれるとなおいいんですが(ミレディーが帰国でくるかどうかはまだ何ともいえませんしねえ)。王妃はもちろんバッキンの喪に服しているんですが、状況的に外せない感じ(笑)。
こんなことしたら騙されたアラミス先生が更にお怒りになって引きこもってしまう可能性もゼロではないんですが、コンスを失う事態に陥ったらアラミスも目が覚めるかもしれないなあ、という希望的観測で。
二人っきりになってからの顛末は、世のアラコン作家さんたちに振らせていただくよ!この設定が気に入ってくださった方は小説でも絵でも結構。どなたでも続きを書いて見せてくださいな。(お知らせいただければリンクも貼らせていただきますよ!)…と煽って、書き逃げする(笑)。
<2010.5.9/5.10加筆訂正。何しろ勢いで書いたからね>

アラコン中心に素敵なお話と感想を書いておられる、こーふーびよりさんが早速続きを書き綴ってくださいましたのでご紹介します
クローバーの独り事5/11迷える子羊たちのエピローグ・続き」へ
いせざきでは到底表現し切れない素敵な純愛エンドを描いてくださいました。ありがとうございました!

©Louis ISEZAKI いせざきるい>

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